終わりの季節

作用:脱力感、無気力、めまい、食欲の低下etc.

蘇生

 

今年もあと少しとなってしまったが、みなさんはいかがお過ごしだろうか。時間はあっという間に過ぎていくのだなあと、特にこの年はそう思わせてくれた。

 

 とりあえず、私は元気である。

 

 という感じで今回の記事は始めようと思ってたんですけれども、正直なところ本当に今年が終わる実感がないし、妙にカッコつけてる雰囲気が気持ち悪いので自分にツッコミ入れるアレで始まります。ごめんなpsychotogen.

 

 最近、天神駅を利用することが多く、当然そこを行き交う人々を目の当たりにするわけですが、その瞬間「俺はなんでここにいるんだろう」と思ってしまう。存在している実感がなくなるんですよね。「いやなんで生きてんの?」みたいな。生きている人間をたくさん見るといつもこうなるのだけれども、一体なんなのだろうか。なんなんですか本当に。

 

と思っていたところ、ぼけーっと聞いていた心理学の講義の中で、「十分に機能する人間」という概念が出てきたのですが、これはカウンセリングの目標とするところで、「自分を防衛することから解き放たれて、体験に開かれるようになり、人生の流れの中に自分の存在を"実存的"に投げ入れることができるようになり、そして自分という生命体の実感や選択をますます信頼することができるような人間のあり方のことである。」らしい。

 

ちょっと待って、俺全然機能してないやん、どうしてくれんのこれ。

 

 

 

死んだご飯(ヤイリの頭の中ではコンビニや売店で売られているお弁当は死んだご飯と呼ばれている)を食べることが増えてきて、そろそろなんか生きてるご飯を食べたいなあ〜と思っている。思っているだけ。

 

もう2018年も終わりかけ、クリスマスも近いわけです。僕の好きな女の子は10月くらいに始めたわけだから、当然クリスマスもまだアツアツの時期ですよね。どうせおでかけしてなんだかんだで性交渉に及ぶんだろうなあ。お父さんが怖い人であってほしい。バレてお父さんとキリストにめちゃくちゃ怒られて別れればいいのに。

 

 

 

と、今年を締めくくる記事にしたかったのですが、書いてる途中で「自分語りするのもなんか恥ずかしいなー。」と思って全部消しました。バイト中「(そういえばヤイリさんのブログ、まだかなあ。)」と心の片隅で期待してくれていた人には本当に申し訳なく思っています。ごめんなpsychology. 

 

良いお年を。

 

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